【ヤマトタケルの山】秩父・奥多摩に残る伝説をたどる
こんにちは、ささみんです!👋😊
秩父や奥多摩の山を歩いていると、やたらと同じ名前に出会います。ヤマトタケル。武甲山にも、三峯神社にも、宝登山にも、この人の伝説が残っている。ひとつの山なら偶然ですが、これだけ続くと何かある。調べてみたら、関東の山々がひとつの物語でつながっていました。

ヤマトタケルとは何者か
『古事記』『日本書紀』に登場する伝説上の英雄です。景行天皇の命を受けて、西へ東へと遠征を重ねた人物として描かれています。関東の山に伝説が集中しているのは、この東征(東国平定)の道中にまつわる話が各地に残っているからです。
先に書いておくと、これらはあくまで伝承・言い伝えです。実際にその場所を歩いたという記録が残っているわけではありません。それでも、千年以上語り継がれてきたという事実そのものが、なかなかロマンがあると思うんですよね。
武甲山:武具を納めた山
秩父のシンボル、武甲山。この名前は、ヤマトタケルが東征の成功を祈って、武具・甲冑を山の岩室に奉納したという伝説に由来すると伝えられています。「武」と「甲」で武甲山。字面を見ると納得です。
ただし面白いのはここから。この山、昔から武甲山だったわけではないんです。「武甲山」の名が定着したのは江戸中期の元禄時代ごろとされ、それ以前は嶽山(たけやま)、秩父嶽、妙見山など、時代ごとに呼び名が移り変わってきました。つまり伝説が先にあって、名前が後から追いついた、ということのようです。
三峯神社:狼が道を示した山
関東最強のパワースポットとして知られる三峯神社。ここもヤマトタケルです。東征の途中でこの地に登り、美しい景色に感銘を受けて、国を生んだ神であるイザナギ・イザナミを祀ったのが始まりと伝わります。
そして三峯といえば狼(お犬さま)。これにも由来があって、山中で霧に迷ったヤマトタケルの前に狼が現れ、道を導いたという伝説から、狼が神の使い(眷属)として祀られるようになりました。三峯神社の狛犬が犬ではなく狼なのは、こういうわけです。
宝登山:火を止めた山
長瀞の宝登山(ほどさん)も、ヤマトタケルゆかりの山です。約1900年前、山頂に神武天皇・大山祇神・火産霊神を祀ったのが宝登山神社の始まりと伝わります。
由来がまた劇的で、登山の途中で山火事に遭ったとき、多くの巨犬が現れて火を消し止めたというのです。この犬もまた大口真神、つまり狼。そのため古くは「火止山(ほどやま)」と呼ばれ、後に「宝登山」の字が当てられたとされています。火を止めた山、が宝の山になる。字の変わり方が粋ですよね。
奥多摩・御岳山にも同じ話が
秩父を離れて奥多摩へ。青梅市の御岳山にある武蔵御嶽神社も、ヤマトタケルを祀り、狼を神の使いとしています。三峯神社・宝登山神社・武蔵御嶽神社。秩父から奥多摩にかけての山岳信仰が、ヤマトタケルと狼という一本の線でつながっているわけです。
山で獣に襲われないように、作物を荒らす動物から守ってもらえるように。狼を神として敬った人々の暮らしが、この信仰の背景にあります。
「武蔵」の地名もヤマトタケル由来?
ここまで来ると、「武蔵」という地名もヤマトタケルと関係あるのでは、と思いたくなります。私もそう思って調べました。
結論から言うと、「武蔵」の語源は諸説あって、定説がありません。武蔵国造の祖先とされる身狭耳命(むさみみのみこと)に由来するという説、本居宣長が唱えた「ムサ」の国が上下に分かれたという説、賀茂真淵の説、さらにはアイヌ語由来説まであります。ただ、いずれの説も決め手となる資料に欠けていて、確定していないのが実情のようです。
面白い話ほど断定したくなりますが、わからないことはわからないままにしておくのが、たぶん誠実なんだと思います。
ささみんのひとこと
山の名前の由来を知ってから登ると、同じ道でも見え方が変わります。武甲山に登るとき、「ここに武具を納めたという話があるのか」と思うだけで、なんとなく背筋が伸びる。歴史が本当かどうかより、そういう気持ちになれることのほうが大事な気がしています。
秩父の山をひととおり歩いた方は、次はヤマトタケルの足跡をたどるという切り口で回ってみてはどうでしょう。同じ山域が、まるで違う顔を見せてくれます。
まとめ
- 武甲山:武具を納めた伝説から。ただし名の定着は江戸中期ごろ
- 三峯神社:ヤマトタケル創建と伝わり、道を導いた狼を眷属とする
- 宝登山:山火事を消した巨犬の伝説から「火止山」が語源とされる
- 武蔵御嶽神社:奥多摩にも同じくヤマトタケルと狼信仰
- 「武蔵」の語源は諸説あり、定説はない
山頂に神社がある山もまとめていますので、あわせてどうぞ。今後も役立つ登山情報をお届けします!
ささみんの山行記録はこちら → YAMAP












