【忍者修行 第1弾・子ノ権現】膝痛55歳、立山を目指して歩き始めた日|飯能アルプス縦走
今年の夏、立山に登るぞ!標高3,000mだ!
その前に聞くニャ。今の体重と、膝の調子は?
……84kg。長い下りでは膝も痛くなる。
いきなり立山は修行不足ニャ!まずは足腰の神様・子ノ権現から始めるニャ!
こんにちは、ささみんです!👋😊
2026年3月。私は55歳、182cm、84kg。
長い下りでは膝が痛くなり、体組成計には無情にも「肥満」の文字が表示されていました。
それでも、この夏どうしても行ってみたい山がありました。
立山です。
目標は2026年7月18日。
標高3,000mの世界を、自分の足で歩いてみたい。
でも当時の私は、
「本当に今の身体で立山を歩けるのか?」
と聞かれたら、とても「大丈夫です」とは言えない状態でした。
だから決めました。
いきなり立山へ行くのではなく、近くの山から一歩ずつ歩いてみよう。
距離を伸ばす。
標高差を増やす。
膝に負担をかけない歩き方を探す。
そして少しずつ、立山を歩ける身体を作っていく。
これが、後に「忍者修行」と呼ぶことになるシリーズの始まりです🥷
そして第1回に選んだのが、飯能アルプスの伊豆ヶ岳〜子ノ権現でした。
子ノ権現は「足腰の神様」として知られる場所。
膝に不安を抱えながら立山を目指す私が、最初の修行で向かう場所としては出来すぎています。
あのときはまだ、この忍者修行が第12弾まで続くとは思っていませんでした。
ましてや4か月後、本当に立山・雄山3,003mの山頂に立つことになるとは。

これは、55歳・84kg・膝痛持ちのおじさんが、立山を目指して最初の一歩を踏み出した日の記録です
私は半年前、高尾山の一号路を膝が痛すぎてまともに下れず「もう登山は無理かもしれない」と思いました。
それでも諦めきれず、2026年春。
まず向かったのが、足腰の神様・子ノ権現でした。
【2026年9月追記】この日から4か月後、本当に立山へ行きました
先に現在の話を少しだけ。
この記事を書いた時点では、立山登頂はまだ「目標」でした。
「7月18日に立山へ行く!」
とは宣言したものの、自信があったわけではありません。
むしろ、
「間に合うのか?」
「膝は大丈夫なのか?」
「そもそも3,000mなんて歩けるのか?」
不安の方が大きかったと思います。
それでも、この子ノ権現を第1弾として忍者修行を続けました。
飯能アルプス。
塔ノ岳。
雲取山。
武甲山。
瑞牆山。
南高尾。
そして立山直前には、標高2,956mの木曽駒ヶ岳へ。
距離、標高差、岩場、高所。
一度に全部できるようになるのではなく、ひとつずつ経験していきました。
そして2026年7月18日。
本当に立山へ行くことができました。
今振り返ると、すべての始まりがこの日の子ノ権現だったんです。
なぜ55歳から「忍者修行」を始めたのか

当時の私には、大きく3つの問題がありました。
体重。
体力。
そして、
膝。
若い頃なら「とりあえず登ってみよう!」で済んだかもしれません。
でも50代になると、そう簡単にはいきません。
仕事をしている平日は、山へ行く時間なんてありません。
週末だって毎週登れるとは限らない。
身体の回復も若い頃ほど早くありません。
無理をして膝を悪化させたら、立山どころか近所の山にさえ行けなくなるかもしれません。
だから私が目指したのは、
「速く歩ける登山者」になることではありません。
誰かと競うことでもありません。
目標はひとつ。
無事に家へ帰って、また山へ行きたいと思えること。
そのために、自分の身体と相談しながら少しずつ負荷を上げていく。
それが私にとっての「忍者修行」になりました。
……とはいえ、この第1回の時点では、そんな立派な計画が完成していたわけではありません😅
当時考えていたことは、もっと単純です。
「立山まであと4か月。とにかく少しでも歩けるようにならないと!」
それだけでした。
第1回に「子ノ権現」を選んだ理由


今回歩くのは、
正丸駅 → 伊豆ヶ岳 → 子ノ権現 → 吾野駅
とつなぐ飯能アルプスの縦走コースです。
伊豆ヶ岳周辺は、私のホームグラウンドとも言える奥武蔵。
電車でアクセスできるので、車を使わない私でも歩きやすいエリアです。
そして今回の最大の目的地が、
子ノ権現。
子ノ権現天龍寺は、足腰守護で知られるお寺です。
境内には巨大な黄金のわらじがあります。
膝に不安を抱えている私が、
「7月に立山へ行きたい」
と思って始める修行。
その第1回で足腰の神様へ向かう。
今考えても、これ以上ぴったりなスタート地点はなかったと思います。
今回の忍者修行コース

膝が痛い!徒歩通勤ダイエットを子ノ権現に誓いに行きました👣 / ささみんさんの伊豆ヶ岳・五輪山・高畑山の活動データ | YAMAP / ヤマップ
今回歩いたのは、伊豆ヶ岳を中心に飯能アルプスを縦走するコースです。
正丸駅 → 伊豆ヶ岳 → 古御岳 → 高畑山周辺 → 子ノ権現 → 吾野駅
という流れで歩きました。
YAMAPのモデルコースでは距離約12km、標準コースタイム約6時間30分。
標高だけを見ると「低山だし、それほど大変じゃないのでは?」と思うかもしれません。
ところが飯能アルプスは、なかなか素直に歩かせてくれません。
登ったと思ったら下る。
そしてまた登る。
この小刻みなアップダウンが続きます。
立山を目指す最初のトレーニングとしては、十分すぎる修行でした。
正丸駅から忍者修行スタート

日曜日。
正丸駅から歩き始めました。
この日はまだ、
「忍者修行シリーズ第1弾!」
なんて大げさなことは考えていなかったと思います。
ただ、
夏までに少しでも身体を作りたい。
その気持ちで歩き始めました。
目指すのは、まず伊豆ヶ岳。
そしてその先にある子ノ権現です。
奥武蔵らしい樹林帯を登っていきます。
標高はそれほど高くありません。
でも、登って下って、また登る。
飯能アルプスらしいアップダウンが、少しずつ足に効いてきます。
そして歩いているうちに、いつもの問題が出てきました。
膝です。
やっぱり膝が痛くなってきた



序盤は順調でした。
ところが距離が伸びるにつれて、少しずつ膝に違和感が出てきます。
「やっぱり来たか……」
登山をしていると、どうしてもこの瞬間があります。
登りよりも怖いのは下りです。
疲れてくると歩幅が大きくなり、着地の衝撃が膝に入る。
この頃の私は、まだ自分に合った歩き方を試行錯誤している最中でした。
そこで意識してみたのが、以前から試していた歩き方です。
腰を少し落とす。
膝を突っ張らない。
歩幅を小さくする。
そして、
足音をなるべく立てず、静かに歩く。
まるで忍者のように。
この日、「忍者歩き」の原型ができた

現在このブログでは、膝への衝撃を少なくする歩き方を「忍者歩き」と呼んでいます🥷
でも、この頃はまだ今ほど形が決まっていたわけではありません。
膝が痛くならないように、
「どう歩いたらラクなんだろう?」
と、自分の身体でいろいろ試している段階でした。
この日も歩きながら、
腰を少し落とす。
膝を柔らかく使う。
歩幅を小さくする。
足音を小さくする。
そんなことを意識していました。
さらに自分の足元を観察していて、ひとつ気づいたことがあります。
歩くとき、私の足先が少し外を向いていたんです。
そこで、
「これを少しまっすぐ向けてみたらどうだろう?」
と試してみました。
すると私の場合、膝への違和感が少し楽になりました。
もちろん、これはあくまで私自身の体験です。
膝の痛みにはさまざまな原因がありますし、「足をこうすれば膝痛が治る」という話ではありません。
ただ、この日から、
自分の歩き方を観察しながら、膝への衝撃を減らして歩く
という考え方を、強く意識するようになりました。
ストックも使う。
歩幅も小さくする。
ザックのヒップベルトを使って荷重を分散する。
下りだからといって急がない。
そんな小さな工夫を積み重ねる。
後の忍者修行でも繰り返し続けることになる「忍者歩き」の原型は、この頃にでき始めたのだと思います。
足腰の神様・子ノ権現へ


そして、ようやく子ノ権現へ到着。
境内には、巨大な黄金のわらじがあります。
何度見てもインパクトがあります。
でも、この日はいつもとは少し違う気持ちで見上げました。
「7月18日、立山に登れますように」
そしてもうひとつ。
「膝を壊さず、山を歩き続けられますように」
そんなことを思いながら手を合わせました。

このとき購入したのが、
「わらじ守り」
です。
小さなわらじ型のお守り。
これを今回使っていたザック、グレゴリーのシトロ24に付けました。


カワイイですよね😊
このときは、
「これで立山も大丈夫!」
くらいの気持ちだったと思います。
もちろん、お守りだけでは3,000mの山には登れません。
でも、
「立山へ行く」
という目標が、ここで少しだけ現実になった気がしました。
今回の相棒「グレゴリー シトロ24」

今回、もうひとつ試したかったものがあります。
グレゴリーの
「シトロ24」
です。
立山に向けたトレーニングとして、私は普段3.8kmほどだった自転車通勤を徒歩に変えようとしていました。
往復なら約7.6km。
そこで、
「どうせ歩くなら登山用ザックを使って、日常生活そのものをトレーニングにしてしまおう」
と考えました。
その相棒として選んだのがシトロ24です。
20Lクラスとは思えないしっかりしたヒップベルト

シトロ24を選んだ大きな理由が、ヒップベルトです。
20〜24Lクラスとしてはかなりしっかりしていて、荷物の重さを肩だけで支えず、腰側へ分散できます。
私は登山で膝への負担を少しでも減らしたいので、
「腰で背負える」
というのは大きなポイントでした。
背中が直接ザックに触れにくい


もうひとつ気に入っているのが、背面のメッシュ構造です。
シトロ24には、背中とザック本体の間に空間を作る構造があります。
そのため、背中がザック本体にべったり張り付きにくい。
汗をかく季節にはありがたい機能です。
徒歩通勤にも使うつもりなので、この通気性には期待していました。
サイドポケットが使いやすかった
実際に飯能アルプスを歩いてみて気に入ったのが、サイドポケットです。
ポケットが少し前下がりになっているので、ザックを背負ったままでもボトルを取りやすい。
身体の固い55歳には、これがなかなか重要です😂
疲れてくると、
「ザックを下ろして水を出す」
という動作すら面倒になります。
歩きながらサッと飲める。
こういう小さな使いやすさが、長く歩くほど効いてくるんですよね。
立山まであと4か月


こうして忍者修行第1弾が終わりました。
とはいえ、この時点では何かが劇的に変わったわけではありません。
膝はまだ気になります。
体重も84kg。
立山までは、まだまだ遠い。
でも、一つだけ大きく変わったことがあります。
実際に歩き始めたことです。
「痩せたら登ろう」
「体力がついたら登ろう」
「膝が良くなったら登ろう」
そう考えているだけでは、何も変わりません。
できる範囲で歩く。
自分の身体を観察する。
失敗したら次に変えてみる。
そして、また歩く。
それを夏まで続けてみようと思いました。
このときの私は、まだ知りません。
この先、
距離の長い山を歩き、
累積標高1,000mを超え、
岩場講習で痛い目に遭い、
雲取山を1泊2日で歩き、
武甲山まで横瀬駅から全部歩き、
瑞牆山の岩場に挑戦し、
木曽駒ヶ岳で標高2,956mまで上がることになります。
このときは、そんな未来なんて全く見えていませんでした。
ただ、
「7月18日の立山に間に合わせたい」
それだけでした。
間に合わせるぞ!!💪🥷
【現在追記】そして4か月後——立山へ


2026年3月。
子ノ権現の黄金のわらじの前で、
「立山へ行きたい」
と願いました。
そして約4か月後の2026年7月18日。
私は立山にいました。
目標にしていた雄山は標高3,003m。
4か月前、84kgで膝を気にしながら飯能アルプスを歩いていた自分からすると、ずいぶん遠いところまで来たと思います。
でも振り返ってみると、突然歩けるようになったわけではありません。
10kmくらいの山から始める。
次はもう少し距離を伸ばしてみる。
標高差を増やす。
岩場を経験する。
高い山へ行ってみる。
それを繰り返しただけです。
そして、そのすべての始まりが、
この子ノ権現でした。
立山の山頂に立てたことは、もちろん嬉しかったです。
でも、それ以上に嬉しかったのは、
「膝が気になるから無理」と思っていた自分でも、少しずつ準備すれば行ける山が増える
と分かったことでした。
50代になると、若い頃のような無茶はできません。
体力も落ちます。
身体も固くなります。
回復にも時間がかかります。
だからこそ、一気に強くならなくていい。
一歩ずつでいい。
10km歩けたら、次はもう少し。
今日できなかったことが、数か月後にできるようになればいい。
それが、私の忍者修行です🥷
忍者修行はここから続きます

子ノ権現から始まった忍者修行は、このあと第12弾まで続きました。
距離。
標高差。
長時間行動。
岩場。
高所。
立山に必要だと思ったものを、一つずつ山で試していきます。
プロの登山家でもありません。
アスリートでもありません。
膝が気になる、普通の50代のおじさんです。
だからこそ、
「山を始めたいけれど、自分にできるのかな」
と思っている方に、この記録を読んでもらえたら嬉しいです。
次の修行では、さらに距離を伸ばします。
🥷 忍者修行第2弾へ続く。
膝が痛くても、山は諦めない。
今日が、人生で一番若い日!🥷⛰️















